『ナナメの夕暮れ』(若林正恭)は、他人との距離感や、集団の中での居心地の悪さに覚えがある人にはかなり刺さる一方、前向きな自己啓発や軽い笑いを求める人には合わない——読み終えて、そう感じました。
オードリー若林正恭による「自分探し」の完結編にあたるエッセイです。前作『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』から3年後、雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載に書き下ろしを加えて、2018年8月に文藝春秋から刊行されました。
この記事では、笑える話の紹介や名言集ではなく、「この本が自分に合うかどうか」を判断できる材料を重視して書きます。読んでいる最中に何を感じ、どこに引っかかり、読後に何が残ったのかを、次の3つの軸で振り返ります。
- 語り口・文体
- テーマの扱い方
- 感情の引っかかり
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『ナナメの夕暮れ』の基本情報
| 書名 | ナナメの夕暮れ |
|---|---|
| 著者 | 若林 正恭(オードリー) |
| 出版社 | 文藝春秋 |
| 単行本 | 2018年8月30日発売/224ページ |
| 文庫版 | 文春文庫/2021年12月7日発売 |
| ジャンル | エッセイ |
| 初出 | 雑誌「ダ・ヴィンチ」連載+書き下ろし |
これから買うなら文春文庫版をおすすめします。 文庫版には、単行本には無い書き下ろし「明日のナナメの夕暮れ」が約17,000字収録されているためです。単行本と文庫で内容が変わる例はそう多くないので、ここは押さえておきたい点です。
語り口・文体:正解を出さず、距離を保ったまま話し続ける
読んでまず強く感じたのは、語りがとても慎重で、結論を急がないという点でした。エッセイではありますが、「こう考えれば楽になる」「こうすれば前向きになれる」といった着地はほとんど提示されません。
たとえば、人付き合いや集団行動について語られる場面では、次のような途中経過の思考が、そのままの温度で書かれていきます。
- なぜ自分はその場でうまく振る舞えなかったのか
- その違和感を解消しようとした結果、かえって疲れてしまったこと
- それでも「自分が間違っている」とは言い切れない感覚
私には、この語り口がとても「逃げない」ものに思えました。ポジティブに言い換えたり、オチをつけたりせず、宙ぶらりんの状態を宙ぶらりんのまま差し出してくる感じです。
読みやすい文体ではありますが、読後にスッキリするタイプの文章ではありません。その分、「自分もこういう考え方をしていたかもしれない」と、読者側の思考が自然に引き出される構造になっていると感じました。
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テーマの扱い方:「斜め」を肯定もしないし、否定もしない
本書で繰り返し描かれるのは、世の中の主流や正面から、少しだけズレた位置に立ってしまう感覚です。ただし、それを「個性」や「才能」として持ち上げることもありません。
印象に残ったのは、次のようなエピソードが評価をつけられないまま並べられていく点です。
- 周囲に合わせようとして違和感が増していく場面
- 空気を読むことが正解だと分かっていながら、どうしても納得できない瞬間
- 「普通であろう」とする努力が、結果的に自分を消耗させてしまう話
私には、この本が「斜めでいることは素晴らしい」と言っているようには思えませんでした。むしろ、「斜めでいると、こういう不便さや孤独がある」という現実を、そのまま見せている印象でした。
それでも読後に残るのは、完全な否定でも絶望でもなく、「無理に正面に立たなくても、生きてはいけるのかもしれない」という、かすかな余白です。
この曖昧さが、人によっては優しさに感じられ、別の人には物足りなく感じられるかもしれません。
感情の引っかかり:共感というより「思い出させられる」
この本を読んでいて何度もあったのが、「分かる」というよりも、「そういえば自分にも似た瞬間があった」と思い出させられる感覚でした。
特定の出来事そのものに共感するというより、次のようなものが文章を通して浮かび上がってきます。
- 当時は言葉にできなかった違和感
- うまく説明できずに流してしまった感情
- 今になって振り返ると、確かに残っている感触
一方で、感情を強く揺さぶる場面や、劇的な展開があるわけではありません。淡々としたトーンが続くため、感情移入を期待すると肩透かしに感じる可能性もあると思いました。
私自身は、その淡さがあるからこそ、「読まされている」のではなく、「一緒に考えている」感覚になれたように思えました。
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前作・関連作との関係
本書は『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』から3年後に書かれた、「自分探し」の完結編という位置づけです。前作を読んでいなくても内容は理解できますが、読んでいると「あの人がここまで来たのか」という時間の経過が加わります。
読む順番についての私の考えは次の通りです。
- 本書から読んでも問題ない:各エッセイが独立していて、前提知識を要求されません
- 刺さったら前作へ:同じテーマを、より若い時期の視点で書いた本として読めます
- キューバ紀行『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』は、テーマは近いが形式がまったく違います
どんな人に向いているか
向いていると感じた人
- 集団の中で、いつも少しだけ居場所がズレている感覚がある人
- 前向きな答えよりも、思考の過程そのものを読むのが好きな人
- 自分の違和感を、無理に肯定も否定もされたくない人
向いていないかもしれない人
- 明確な結論や教訓を求めている人
- テンポの良い笑いや、分かりやすい成功談を期待している人
- 読後に気持ちが軽くなることを重視する人
「芸人が書いたエッセイ」という入口から、笑いを期待して手に取ると、おそらく想定と違います。ここは事前に知っておいた方がいいところです。
まとめ:静かに合う人には、長く残る一冊
『ナナメの夕暮れ』は、誰にでもおすすめできる本ではないと感じました。ただ、「うまく混ざれなかった経験」を抱えたまま大人になった人にとっては、読み終わったあとも、ふとした瞬間に思い出すような一冊になる可能性があります。
私には、この本が「あなたは間違っていない」と言ってくれるわけでも、「こう生きればいい」と導いてくれるわけでもありませんでした。
それでも、自分の中にあった感情を、無理に修正せずに置いておいていいのかもしれない——そう思わせてくれた点で、読んでよかった一冊だったと感じています。
読むなら、書き下ろし「明日のナナメの夕暮れ」が入った文春文庫版(2021年12月刊)を。合うかどうかははっきり分かれると思いますが、もしタイトルやテーマに少しでも引っかかりを覚えたなら、試してみる価値はあると思いました。