読み終えてから少し時間が経っているのに、事件そのものよりも、登場人物同士の距離感だけが妙に記憶に残っています。
この巻を思い返すと、何か派手な場面や衝撃的な真相よりも、「その場で言葉にされなかったもの」「選ばれなかった行動」のほうが、後からじわじわ効いてくる感触がありました。読んでいる最中も、物語に引っ張られているというより、ところどころで足を止めてしまう瞬間があった、そんな読書体験でした。

1. 医療ミステリの枠組みの中で、感情が前に出てくる構造

本作は「天久鷹央の推理カルテ」シリーズの一編で、舞台はおなじみの病院、中心にいるのも診断医・天久鷹央です。医療知識を前提にした事件の構造や、病状・症状が謎と結びついていく流れは、シリーズを通して共通していますし、この作品もその延長線上にあります。

ただ、読み進めるうちに、私は事件の仕組みよりも、関わる人たちの感情の揺れに意識が向いていきました。
「悲恋」という言葉がタイトルに入っていること自体は事前に分かっていましたが、実際に読んでみると、それは大げさな恋愛劇というより、うまく噛み合わなかった感情が、結果として事件に影を落としている、そんな印象でした。

 

2. 天久鷹央の視点が、いつもより少し冷たく感じた理由

天久鷹央は、相変わらず合理的で、感情よりも事実や論理を優先する人物として描かれています。ただ、この作品では、その姿勢がどこか「正しいけれど、救いにならない」ものとして浮かび上がってくる場面が多かったように思えました。

相手の感情を理解しないわけではないのに、踏み込まない。
あるいは、踏み込む必要がないと判断している。

読んでいる私としては、その距離の取り方に納得しつつも、少し引っかかる感覚が残りました。事件を解決するうえでは間違っていないのに、人の気持ちという点では、どこか置き去りにされているように見える瞬間があったからです。

 

3. 「悲恋」という言葉が、読後に別の意味に変わった

物語の中で描かれる関係性は、最初から悲劇的に見えるわけではありません。むしろ、普通に成立していてもおかしくなかったはずの関係が、少しずつ、取り返しのつかない方向にずれていく。その過程が、静かに描かれていきます。

私は読みながら、「ここで違う選択をしていたら」という考えが何度か頭をよぎりました。ただ、それは登場人物を責める気持ちというより、人が現実でよくやってしまう判断の積み重ねを見ているような感覚でした。

読み終えた後、「悲恋」という言葉が、単なる恋愛の悲しさではなく、「分かり合えたかもしれない可能性が、失われてしまったこと」全体を指しているように思えてきました。

 

4. 事件が解決しても、きれいに片づかない余韻

医療ミステリとしての事件は、シリーズらしく整理され、説明も与えられます。ただ、その説明を読んでいるとき、私はどこか気持ちが追いついていない感覚がありました。

謎は解けている。
事実も明らかになっている。

それでも、感情の部分だけが、置き場所を見つけられずに残っているように感じました。この後味の悪さは、不満というより、「そう簡単には割り切れないよな」と思わされる種類のものでした。

 

5. この作品をおすすめするかどうか、少し迷いながら

「天久鷹央の推理カルテ」シリーズが好きで、論理的な診断や鮮やかな推理を期待して読むと、この作品は少し印象が違うかもしれません。事件よりも、人の感情や関係性が前に出てくる分、読み心地はやや重たく感じました。

一方で、シリーズの中で天久鷹央という人物の輪郭を、別の角度から見たい人にとっては、印象に残る一冊だと思います。私は、読み終えてすぐに「良かった」と言い切ることはできませんでしたが、時間が経ってから何度か思い返してしまう作品でした。

強くおすすめする、とは言いません。ただ、読み終えたあとに少し引っかかるものが残る話を求めているなら、この「悲恋のシンドローム」は、その感触をちゃんと残してくる一冊だと感じました。


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りん
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