結論から書くと、『傲慢と善良』は「読むと元気になる本」ではありません。 婚活を舞台にしながら、自分では善良だと思っている判断が、いつの間にか他人を値踏みする態度に変わっている——その瞬間を突きつけてくる小説です。
読み終えたあと、すぐに誰かに感想を語れるかというと、少し時間が必要でした。面白かったかどうか、という単純な言葉では片づけられなくて、読みながら何度も自分のことを考えさせられたからです。
私はこの作品を、「恋愛小説」や「結婚をめぐる物語」としてだけでなく、人が他人を見るときの態度と、自分では気づきにくい傲慢さについての話として読みました。この記事では、私が強く感じたテーマを中心に、「どんな作品なのか」「自分に合いそうか」を判断できるように書いていきます。
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『傲慢と善良』はどんな小説か
マッチングアプリで出会って婚約した女性が、突然姿を消すところから始まる長編小説です。
| 書名 | 傲慢と善良(ごうまんとぜんりょう) |
|---|---|
| 著者 | 辻村深月 |
| 刊行 | 2019年3月5日 朝日新聞出版(単行本・416ページ) |
| 文庫版 | 2022年9月7日 朝日文庫 |
| 受賞 | 第7回ブクログ大賞・小説部門大賞(2019年度)、2020年うつのみや大賞 |
| 発行部数 | 2024年10月時点で累計100万部突破 |
| 映像化 | 2024年9月27日 映画公開(監督:萩原健太郎/主演:藤ヶ谷太輔・奈緒) |
婚約者の坂庭真実が誰にも告げずに消え、残された西澤架が彼女の行方を追う——という構造です。私が読んだのは朝日文庫版でした。
「失踪した婚約者を探す話」と要約すると、ミステリーのように聞こえます。 ですが実際の読み味はまったく違いました。事件の謎解きではなく、真実という人がどんな環境で何を選ばされてきたかを辿っていく話です。
この記事で私が重視した評価軸
この小説を読むうえで重視したのは、次の3点です。
- 登場人物の感情の動きが、どれだけ現実の感覚に近いか
- 読みながら自分の過去や価値観を思い出してしまうか
- 読後に「分かったつもりになれない余韻」が残るか
物語の正解を知りたいというより、「自分だったらどう感じるか」「これまでの自分はどうだったか」を考えさせられるかどうかという視点で読んでいます。以下の感想も、この評価軸に沿ったものです。
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あらすじは知っていても、読み味は想像と違う
「何が起きるか」よりも「どう感じるか」に比重が置かれた作品です。
大きな事件が次々に起こるわけではありません。それなのに、登場人物の言動や選択が、じわじわと胸に引っかかります。
私は読み進めるうちに、「この人の気持ち、分からなくもないな」と思う場面と、「でも、それは少し傲慢じゃないか」と感じる場面を何度も行き来しました。 その揺れ自体が、この小説の読み味なのだと思います。
特に、婚活という舞台設定が効いています。条件を並べて相手を選ぶという行為が、そのまま「人を値踏みする」ことと地続きになっているので、登場人物の判断が正しいのか傲慢なのか、読者側も判断を保留させられ続けます。
「傲慢」と「善良」は、誰の中にもあるものとして描かれる
タイトルの2語は、善悪を分ける言葉ではありませんでした。
登場人物たちは、基本的には真面目で、社会的にも「きちんとした人」として描かれています。だからこそ、自分では善良だと思っている行動が、別の誰かを傷つけていたり、選別する側に立っていたりする。そのことに読者として気づかされます。
特に印象に残ったのは、「自分は選ばれる側だと思っていた」「相手を見極めているつもりだった」という感覚が、いつの間にか相手を下に見る態度に変わってしまう瞬間です。
これは作中の人物だけでなく、私自身の過去にも思い当たるところがあり、正直、読んでいて少し居心地が悪くなりました。この居心地の悪さこそが、この小説の狙いだと思います。
「まわりに合わせて生きること」の苦しさという点では、村田沙耶香『コンビニ人間』と重なる部分がありました。ただし『コンビニ人間』が普通から外れた側から書いているのに対し、『傲慢と善良』は普通の側に立っている人間の無自覚を書いています。
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登場人物に共感できないと感じても、それは自然だと思う
全面的に感情移入できる小説ではありません。 「主人公たちに共感できない」という感想も見かけますし、私自身もそうでした。
ただ、それは欠点というより、この小説の特徴だと感じています。登場人物は理想的でも聡明でもなく、ときに視野が狭く、自分の立場を守ることに必死です。その姿が生々しい分、読者によっては反発を覚えるかもしれません。
私は、「分かりたいけれど、完全には分かれない」という距離感で読むことで、この作品のテーマがより浮かび上がってくるように思えました。全員に同意しながら読む本ではないと思います。
読後に残ったのは、答えではなく問い
すっきりとした答えが提示されるタイプの小説ではありません。 「結局どうするのが正しかったのか」「誰が悪かったのか」と考え始めると、簡単には結論が出ない構成になっています。
その代わりに残ったのは、「自分は他人をどう見てきただろう」「自分が善良だと思っている判断は、本当にそうだっただろうか」という問いでした。
この余韻が心地よいか、重たいと感じるかで、この作品の評価は分かれると思います。
どんな人に向いているか
| 向いている人 | 今は避けたほうがいい人 |
|---|---|
| 恋愛や結婚を「きれいごと」だけで描かない物語を読みたい人 | 読書に癒しや爽快感を求めている人 |
| 登場人物の未熟さや弱さも含めて受け止めたい人 | 分かりやすいカタルシスが欲しい人 |
| 自分の価値観や過去の選択を振り返ってみたい人 | 登場人物に共感できないと読み進められない人 |
| 婚活・結婚をめぐる同調圧力に心当たりがある人 | 気分が落ちているとき |
ページ数は416ページと厚めですが、読みにくさはありません。 止まるとしたら文章の難しさではなく、自分に思い当たる場面で手が止まるほうです。
結論:条件つきでおすすめできる
私個人としては、おすすめできる小説です。 ただしそれは「読むと元気になれる」という意味ではありません。
人の弱さや未熟さを描いた物語が好きな人、自分の価値観を静かに揺さぶられる読書体験を求めている人であれば、深く刺さる一冊になるかもしれません。
一方で、読書に癒しを求めている時期には、少し重たく感じる可能性があります。自分の今の気分に合いそうかを考えたうえで手に取るのが安全だと思いました。
同じく「読後にすっきりした答えが残らない」タイプの小説としては、夕木春央『方舟』の感想も書いています。
まとめ
- 『傲慢と善良』は辻村深月の長編小説(2019年・朝日新聞出版/2022年 朝日文庫)
- 婚約者の失踪から始まるが、ミステリーではなく人の価値観を掘る話
- 「傲慢」と「善良」は善悪の対立ではなく、同じ人の中に同居するものとして描かれる
- 婚活という設定が、人を値踏みする行為をそのまま可視化している
- 登場人物に共感できなくても問題ない。 距離を保ったほうがテーマが見える
- 読後に残るのは答えではなく「自分はどうだったか」という問い
- 癒しを求めているときには向かない。 元気なときに読むのが良い